マイセン人形を代表するグループフィギュリン
またFEメイヤーとJJケンドラーの合作により制作されたことでも有名な作品
「林檎摘み」
新古典主義初期のガーデナーグループ、正に”これぞマイセン人形”という名作です。
ロココから新古典主義の時代にかけてケンドラー、アシエ、シェーンハイトなどマイセン磁器を代表するモデラーがマイセン人形の制作に携わりました。
フリードリッヒ・エリアス・メイヤー(Friedrich Elias Meyer 1723-1785)もその一人ですが、同氏の作品は謎が多く、数も極少で市場では希少価値を伴います。
10/16 写真を更新いたしました。実際の作品です。
-------------------------------------------------------------------------------
「りんご狩り」
原型制作者/推定
原型制作年/推定;1753年
グループ;庭師(Gardener)
モデルナンバー;1998
等級;一級品
サイズ;高さ300mm
※スケール計測なので参考数値です
-------------------------------------------------------------------------------
フリードリッヒ・エリアス・メイヤー(Friedrich Elias Meyer 1723-1785)
同作家は1700年代半ば、マイセン磁器黄金期を代表する作品の制作に深く関与してきました。
ドイツ国立マイセン磁器博物館やドイツマイセン磁器財団には同氏の作品が多数展示されており、マラバル人形や当作品のようにペア人形、またミュージックグループのコミカルな作品、ロココ人形、神話群大型作品などを手掛け、マイセン人形の中でもとりわけ珍しい作品となっています。
これだけ名作を輩出しているにも拘らず同氏作品の情報は殆どわかっておりません。
同氏は1746-1761年までマイセン磁器に在籍し、それ以降はベルリン王立磁器製陶所(現KPM)の初代マイスターモデラーに就任しました。
マイセン磁器に在籍した期間が比較的少なかったことと、ケンドラー時代と重なったため、情報が残っていなかったことと推測されます。
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(Johann joachim Kaendler 1706-1775)
彫塑家 マイセン磁器マイスターモデラー (マイセン製作所には1731年から1775年まで従事) 宮廷彫刻家のベンジャミン・トマエ氏の弟子となり王家の宝庫である緑天井(The Green Vaults)の彫刻制作に6年間携わります。 この時の仕事ぶりが評判されて、1730年には宮廷彫刻家の称号を預かりました。 翌年の1731年アウグスト強王のご指名でマイセン製作所のモデラー(原型製作者)として採用されます。 強王の夢の磁器の城、日本宮に飾る為に、短期間で多様な動物彫塑を作りました。 彼の彫塑は個性的でダイナミックでありながら優美で自然な美しさを持っており、天才的な才能を十分に発揮し、アウグスト強王にも高く評価されます。 しかし、彼の栄光も長くは続かず、最強のスポンサーであったアウグスト強王死後(1733年)は息子の3世には理解を得られず、得意な大型彫塑で等身大の王の騎士像製作を断念します。 強王死後のスポンサーは裕福な貴族。彼らからの注文で、様々なその新しいサービスセットの原型を作ります。 バロック様式、ロココ様式にも精通していた彼のサービスセットは貴族達からも賞賛を浴びます。